熊谷和・琉裁きもの専門学院が設立から57年になりました!

関係各位に改めて深く感謝申し上げます。

 教室の名称のこと、分厚い『島尻郡史』が実家にあり、南部・離島を含めて本島南部一帯を指している島尻であることから、最初の教室名を「島尻きもの学院」とした。

日本復帰とともに和裁士会の有志との出会いで、時の全国に活動する和裁士・仕立屋の活動に刺激を受けて、縫製中心の教室を目指して「熊谷職業和裁学院」と改称した。当時は、月120枚の袷仕立をこなすほど。

*現在の泊教室を取得(昭和50年)、故人になられた長堂時子さんは「泊の教室は針一本で建てました。」と、冗句していた。

――ホームページで気づきを記すも、手縫いの良さを多くの皆様にご理解とご協力を頂くために地元の新聞社に広告の掲載を計画しました。

   内容は、次の通り、お気づきの点、よろしくお願いいたします。